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  • 異様な症状に戸惑い
    医療機関 応急手当てがやっと

    (六日午後)
爆風で吹き飛んだ第二病院は、太田川土手に大テントを張り、重傷の被爆者を収容した(九日 陸軍船舶司令部写真部 川原四儀さん撮影)
 広島市内の病院や救護所には六日、新型爆弾による負傷者が詰め掛けた。しかし病院自体が破壊され、医師や看護婦の多くも死傷。医薬品も不足して応急処置がやっとの状況だ。これまでとは違う血便や嘔(おう)吐などの症状を訴える負傷者が多く、医療関係者には戸惑いが広がっている。

 爆心から一・六キロ、千田町一丁目の広島赤十字病院。爆風に耐えた鉄筋コンクリー卜の病棟を目指し、やけどを負った人たちが詰め掛けている。

 対応に当たる看護婦は非常事態に備えて中庭に埋めてあったマーキュロなど救急薬品入りのミカン箱を掘り出した。医師数人が玄関前で止血や消毒など応急処置に当たっているが、玄関や廊下、前庭にも負傷者が横たわり、手が回らない。

 同病院では、通勤途中に被爆し負傷した医師や看護婦が多い。その上、看護学生の宿舎「済美寮」が爆風で倒壊。約百五十人が下敷きになるなど病院スタッフに大きな被害が出た。

 同じ鉄節コンクリー卜造りの医療施設、基町の広島逓信病院は消火作業で内部火災を防ぎ、救護活動を始めた。水主町の広島県病院は倒壊、全焼した。

 治療に当たる医師の間では、被災者の症状に首をかしげる者も少なくない。宇品町十四丁目の広島陸軍共済病院の児玉彊作医師(33)は「軽いやけどと思ったのに、亡くなったり、血便を出す患者が多い。どうも普通の爆弾じゃないようだ」と話す。

 血便が四十回以上出た被災者がいた。赤痢(り)ではないか、との観測も出て、小さな小屋に患者を隔離した病院もある。広島逓信病院の小山綾夫医師(35)は「ちょっと食べても吐く人が多いのはなぜか」と首をかしげている。

 県内各地からの救援も始まった。石原虎好県警察部長の指示で市近郊の警察署、警防団をはじめ県下各地からの医師会救護班などが、相次いで広島市入り。正午前には、賀茂郡西条町の傷痍軍人広島療養所の救護班が第一陣として比治山下の臨時広島県防空本部に到着。豊田郡南部、北部両医師会なども夜半には到着した。

 高田郡、双三郡、呉市医師会の救護班は避難者の群れを前に市内入りを断念。市周辺の学校や役場、警察署、寺院などで救護に当たっている。
 
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