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  • 原爆ドーム
世界遺産に登録された、現在の原爆ドーム
 被爆地広島を訪れる観光客の大半が足を運ぶ原爆ドームは、もとの「広島県産業奨励館」。爆心地からの距離は約160メートル。1915年に建設されたもので、チェコ出身の建築学者ヤン・レツルの設計によるヨーロッパ風のユニークな外観が評判をよんだ。

 原爆投下により、建物は一瞬にして大破し、天井から火を吹いて全焼、中にいた人は全員死亡したと伝えられている。爆風がほとんど真上から働いたため、壁の一部は倒壊を免れ、ドームの鉄枠とともに象徴的な姿をさらすことになった。そして、その形から原爆ドームと呼ばれるようになった。

 1966年、広島市はドームの永久保存を決定、広く募金を呼びかけ、保存工事を行った。以降も数度手が加えられている。今後どのように経年劣化を防ぎ後世に伝えていくかが、今、広島市の大きな課題となっている。

 人類史上最初の原子爆弾による被爆の惨禍を伝える歴史の証人として、また、核兵器廃絶を求める誓いのシンボルとしての意義は大きく、1996年、ユネスコの世界遺産に登録された。
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 2005年8月6日発行 中国新聞労働組合 広島市中区土橋町7番1号 郵便番号730-8677
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